2018年10月1日月曜日

のれん償却、なぜ今注目されているのか(IFRSの動向を読み解く)

この1年ほどの間、IASBではのれんの会計処理をめぐって、ずっと議論が続いています。いろいろな提案があり、提案に対してもさまざまな意見があり、毎月開かれるIASB会議からの断片的な情報だけでは話の流れがわかりにくくなっているかもしれません。それだけ難しい問題を扱っているのであり、審議が難航して当然だと思いますが、このブログも、会議で交わされた議論を紹介するのが中心で、プロジェクトの全体像がつかみにくくなっているのでは、と反省しています。

そこで、今回は2017年あたりから20187月まで、のれんと減損の審議についておさらいし、今後の動向を考えてみたいと思います。

現行制度では、のれんの事後的な処理は
  • IFRSではのれんは償却せず、年1回の減損テストを実施
  • 日本基準ではのれんを償却したうえで、減損の兆候がある場合に減損テストを実施

と日本基準と大きな違いがあるわけですが、今回のプロジェクトでは、IFRSにおけるのれんの取り扱いが大きく変わるのではないかと考えられていました。

IFRSが規定するのれんの減損テストは評判が必ずしも良くありません。投資家からは、認識される減損損失について「金額が少なすぎる、タイミングが遅すぎる」という批判がありますし、企業からは「手続きが複雑、時間もコストもかかりすぎる」と言われ続けています。そこで、IASBは投資家と企業の両方からの期待、減損テストの有効性の向上と簡素化という相反する要望に応える必要がありました。それが現在進行中のプロジェクトである、のれんと減損の目的でした。

IASBでは特に減損テストの有効性向上に重点を置いていました。会議では当初、のれんに対して減損テストのみを適用する現行の枠組みを変更すべきか、のれんの償却も含めていろいろな可能性が検討されましたが、優れた解決策を見つけることはできませんでした。201712月の会議ではのれんの償却が却下されています。

他の代替案が却下されていくなか、IASBではヘッドルーム・アプローチという新しい手法が徐々に注目されるようになりました。ヘッドルーム・アプローチでは、のれんの簿価には含まれない自己創設のれんなどの価値を未認識のヘッドルームと呼び、その影響を減損テストから排除しようとします。そうすることで、より早い段階で減損損失が認識される可能性が高くなると考えられています。

ヘッドルーム・アプローチは効果が限定的かもしれないものの、減損損失の認識が「遅すぎる」という問題に対処できるのではないか、と期待されました。IASBではヘッドルーム・アプローチの提案を中心としたディスカッション・ペーパーを公表することで合意に至っていました。

しかし、IASBの考えに対しては、各国の会計基準設定団体を中心に非常に強い反対意見が起きました。特に懸念されたのはコストの増加で、IASBが想定している以上に煩雑な手続になるのではないかという意見が多く寄せられました。

このような外部の意見を受け、IASBでは20187月に方針を転換し、ヘッドルーム・アプローチといった減損テストの手続そのものの変更を推し進めるのではなく、のれんに関する情報開示の充実を図ることを決めました。

この決定後のIASB議長のスピーチ(2018年8月日本にて)では、依然としてヘッドルーム・アプローチを支持したい姿勢を感じさせられましたが、少なくとも今回のプロジェクトにおいてヘッドルーム・アプローチを有力案として扱うことはないのではないかと思います。

外部の意見としては、FASBも無視できない相手です。20186月開催のFASBとの合同会議で、のれんに関する意見交換では、FASBが減損テストの有効性向上よりもむしろ簡素化に向けた議論を進めていることが報告されました。さらには、FASBはのれんの償却の再導入も検討の余地があるという考えも示唆していました(実際にFASBでは非公開企業に対してのれんの償却を認める修正を行なっています。しかし、現実に非公開企業以外にも範囲を広げる余地があると考えられているのか、個人的には微妙なところだと思います)。

企業結合は、米国基準との差異が特に問題になり、利害関係者からは米国基準との差異の解消が強く望まれている分野です。IASBとしてはFASBの動向も無視できないと思います。7月のIASB会議では、減損テストの簡素化という観点で、以下の検討も追加する決定をしました。
  • のれんの償却を再導入の可否
  • のれんの強制的な年次の定量的減損テストを免除する可能性 

のれんの償却が再度IASBで検討されることになり、(特に日本で)注目を浴びました。今回は手続の簡素化という観点からの検討となり、今までとは違う議論が展開される可能性も考えられます。しかし、いつもの議論と同様に、のれんの償却年数が問題になることは避けられないはずなので、簡素化の手段としても認められる余地は少ないのではないかと思います。

合同会議の場でも鮮明に感じられましたが、減損テストの有効性を優先するIASBと簡素化を進めたいFASBとの間に考え方の大きな隔たりがあります。その一方で、のれんが扱いにくい問題であることは両者が共通して認識しています。現状では、のれんの会計処理を大幅に修正することはやはり難しいのではないかと思います。

ここで紹介した内容はIFRS財団のウェブサイトから確認することができます。より詳細な情報を知りたい方はウェブサイトにある各月のIASB会議のスタッフ・ペーパーやビデオをご覧になることをおすすめします。

また、私が旬刊経理情報(中央経済社)で連載しているIASB会議レポートの特別編(2018年10月10日号 No.1525)では、他のプロジェクトも合わせて、IFRSの動向をまとめています。合わせてご覧いただけるとうれしいです。


イージフ  野口